ドイツはライプツィヒからの帰国 その10
今回は、Dr.Hartman「体側性(両側性)」のご紹介です。
利き手や足がある事はご存じだと思います。これをスポーツの観点から考察してみた結果、非常に面白い結果を得た、とハルトマン博士は語っていました。
まず、ハルトマン博士はこう述べます。
「一対の腕、一対の手、一対の脚、一対の足…。外見では完全な対称を呈するにも関わらず、そこには右と左の込み入った差異がある。」
身体は対象であるはずなのに、左右の手足では機能的な面で大きな差があり、これを研究する事でスポーツに寄与する事が出来る筈だ、と。
続けて、統計的に人類の9割は右利きであり、残りの1割が左利きである、という結果があり、それは脳と関係があり、人間の発達に沿う最大限のパフォーマンスを操作する両脳半球のうち、左右どちらかの能力であり、それは主要な現象である。副次的には、身体末梢部における体側性の現象として現れます。
体側性研究は特徴が定多く、それを表現すると以下の様にあります。それから以下のタイプ別の説明をさせていただきたいと思います。
○側面的優先
側面を有利に扱う
○側面的優勢
日常の有用性あるいは環境の強要からの影響下で側面を有利に扱う
○パフォーマンス的優勢
コンディション能力(ちから/持久/スピード)とコオーディネーション能力への最大要求と言う影響下で側面を有利に扱う
○両側利き
両側性:対の器官の両能力の間の差異がわずか
○側面的差異
対をなす器官のそれぞれ異なる能力
○側面的整合
側面の一致→例)右手、右足利き
○側面的不整合
交差した側面性→例)右手、左足利き
○側面的乖離(かいり)
同様の負担において、対の器官間の一致が欠落
⇒走り幅跳びの踏切:右、走り高跳びの踏切:左
○形態学的な側面性
外的な姿/形状に関連する対象/非対称
○機能的な側面性
腕や手、および足の各運動、回転側面性に関連する対称/非対称
○感覚的な側面性(知覚体側性とも称される)
視る、聴く、方向感覚に関連する対称・非対称
以上のように各特徴別に定義してきましたが、それらを各タイプ別に分けてみると…
●遺伝的タイプ
先天的な体側性タイプ
●現象的なタイプ
再教育されたタイプ
●交叉的(脳機能的)タイプ
両脳半球に分けられる
●強要的体側性(障害や事故により仕方なく決まってしまう)タイプ
例えば、脚切断、など
●病的体側性(脳損傷)タイプ
優性的な脳半球の障害
ここで、現在では無いものの、過去、欧州や日本においても“左利き”に対して蔑むような表現がなされる事がありました。(日本で言えば“ギッチョ”、など)
何故、このようなものが生まれたのか、と言う事なのですが、諸説あり、社会的なものであったり、生の起源的考察であったり、脳の遺伝的なもの、または成熟と学習の結果、もう最終的には解明できない現象として、としか言いようがない、とハルトマン博士は笑います。
ただ、現象として解剖学や心理学、動作学の観点からみることは可能であり、
○脳性 ○手性 ○足性(脚性) ○回転側性(反転性) ○眼性 ○耳性
といったところに焦点を当てる事が出来ます。
脳には機能的な分担が存在している事は、皆さんもご存じかと思います。
左脳は言語表現や計画的な問題解決など、論理的な仕事をつかさどり、右脳は音楽性であったり、想像力などいわゆる直感的な仕事をつかさどる、というのが一般的に言われています。
では、もっと違う仕事は何をしているのか、というのが下の機能です。
左脳
・色の識別 ・計算的作業(代数) ・読み書き ・右手の活動
右脳
・形態の識別 ・経常意識と空間意識(幾何学) ・身体図式/時間意識 ・左手の活動
ここでハルトマン博士は面白い実験をしてくださいました。
それを日本語に直したもので、今ここで作ってみましたので、皆さんもどうぞ。
書いてある色ではなく、文字で読んでみてください。
青 赤 黄 紫 緑 赤 紫 黄 青 青 黄 緑 紫 赤 青
なかなかに難しかったと思うのですが、その理由は上記した左右の脳機能の違いに寄与する事を体感していただけたと思います。
これは脳の機能が左右で異なるが為に、脳の中で混乱が起こった結果、判断が遅くなり口で表現するのが遅くなってしまう、という事です。
続いて手性について触れてみます。
ここで取り上げておくべき事は“先天的な素質の方が(すなわち優先手による繊細にコオーディネートされた動作の方が)、より速く、より器用に、そしてより好んで実施される”という事です。
それを幼少期に社会的な規範に照らし、「左利きを右利きへ再育成・再教育」した場合、その被教育者たる子供に心理的な障害が多く出ると言う事が示されました。
運動不安、行動障害、右手筆記の障害、神経症の発生、吃音(きつおん)、読書障害、筆記動作障害、不器用な動作、集中障害、などが列挙されていまして、中でも運動不安は55.5%、行動障害は50.2%という再教育をなされた子供のうち半数が“身体を動かす”と言う事に関して心理的な負担を強いられ、それだけでなく、吃音などは社会的な生活が難しくなる事が予想される事すら起こりうるというショッキングな数字でした。(nach SOVAK 1968)
そして、足(脚)性というのは、どちらの足が器用に使えるのか、という事であったり、踏切足がどちらか、という事です。だいたい、右足が器用に使える、つまり右足が利き足の場合は、左が踏切足になるのは、皆さんも経験上体験されているのでは無いでしょうか。
回転側性は、障害物を迂回する際、どちらから回るのか、そして、回転がどちらがしやすいのか。これも身体をどちらに捻るのがやり易いのか、そして、側転をする際にどちらが得意なのか、という事ですね。
眼性については、両目で視ても視力が非対称です。腕を伸ばした状態で親指を立てた状態にし、それを両目開いた状態から左右交互に目を瞑って視てみます。すると、両目で見ているものとずれる方とずれない方があるのですが、両目で見ていても、優勢的に働く利き側がある、という事です。
耳にしても目と同じように聞こえ方が違う事はお分かりになると思います。
実際に身体運動を行う、という観点で考えると、手・足・回転側性になりますが、これらは8パターンに分別する事が可能、という事です。そこから特徴を踏まえた上で運動指導を行う、という事ですね。
また、ここで重要な点を述べます。
“左利き”だからと言って、右脳にコントロールされているか、というと、決してそうでは無い。と言う事です。
というのも、右脳と左脳の間には脳梁と呼ばれ、左右の脳を結んでいるものが存在します。この脳梁を介して、左右の脳は交流する形になります。
そして、それをより難しくするのが、手は右利きだけど、足は左利きと言う場合。
この場合、脳なのか、脊髄なのか、脊柱(下半身の場合、特に腰椎)なのか、何処で交流が起こっているのかは分からない、が、今後もこれに迫って行くとハルトマン博士は述べていました。
ここで、冒頭で述べたハルトマン博士の“面白い結果”をご紹介します。それというのは、「両側のエクササイズ」についてです。
運動指導している方の中には「そんなのはもうやっている」と言う事をおっしゃる方もいるとは思いますが、ここで重要なのは、どういう手順で進めた方が「効果的か」と言う事です。
ハルトマン博士は、左右交互では無く、連続的順序で行った方が効果はあると述べました。出来るだけポジティブな転移効果を活用する為に。
ポイントは完全に“スキル化”してしまう前に逆側を行う、という事を繰り返す、という事ですね。
また、それは一方の身体側面への過剰負荷を防止する役割も演じ、気分転換や楽しみが増える、とも。
そして、最後になるのですが、「ビギナー(運動・競技初心者)に対しては“非利き側”からトレーニングした方が、結果的に運動学習の習熟を早める」と言う事です。
ハルトマン博士は、自身の研究を兼ねて各競技の指導者に、利き側である程度習熟させる事から始めるのでは無く、わざと非利き側から始めるという指導を協力してもらった結果、両側間の転移化が促され、最終的な運動習熟を早める、という結果を得たそうです。
これについて遠回りのようだけど、結果的に近道なんだよ、という事を表現されていたことが印象的だったのと、「急がば回れ、ということですね」という言葉が、高橋さんの表情と共に忘れられません。
またもや長くなってしまいました…。
ここまでお付き合いいただきまして、ありがとうございます。
次回は、Dr.Minow「発育発達学」をご紹介します。
個人的には日本の中に、この考えがあるかないか、というのは非常に大きな違いを生み出すものだと感じています。それだけ肝になり得るものです。
(引用・抜粋)
?トレーニング科学国際集中講座 in Lepzig 基礎資料中
(編集:ライプツィヒ大学スポーツ学部/一般動作学・トレーニング学研究室
翻訳:高橋日出二(ライプツィヒスポーツ科学交流協会))より