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dolog=blogにdo、動詞をつけた造語です。 情報選択行動のlog(記録)として書いていきます。

ドイツはライプツィヒからの帰国 その9

今回は、講座の3日目にあったDr.Vossによるワークショップ、「新スピードトレーニング-解明と方法-」について、すでに日本でも発売されているブックレットの内容を参照しながら書いてみたいと思います。



ただ、これは通訳の高橋さんからのお話なのですが、タイトルに“スピード”とつけてはいるものの、簡単にスピードを意味する言葉では無い、という事なのです。

そこは文化が違えば表現が異なるもので、一番近い表現が“スピード”だと言う事で、“瞬発性能力”とも言えるし、“瞬間性能力”とも言える、と。

それを踏まえた上で、改めてフォス博士のスピードトレーニングについて話を進めてみたいと思います。



今回のキーワードは「エレメンタル(:根幹的な、純粋な)スピード」です。



題名に“新”と付けるぐらいなので、斬新なものです。

しかも、これは、よくある在り来りな一方法論としてでは無く、それこそドラスティックな事が判明したと言えるもので、今までスポーツ(トレーニング)を指導する中で、スピードトレーニングというのは、「心身ともにフレッシュな状態」で行う事が「大前提」でした。



その理由はこうです。



(人間の運動する際のプロセスを至極簡単に説明すると、)脳から発せられる電気信号が運動神経を介して筋肉に伝わり、そこから初めて筋肉の収縮が始まり、その連続で運動へ、と言われています。



ここで重要なのは、筋肉では無く、運動神経・脳にあります。

今まで考えられてきたのは、筋肉が疲労した状態では筋肉の収縮速度が遅くなり、運動神経がその運動速度を記憶する。運動神経が記憶すると言う事は、脳が記憶する。

それでは、運動動作を早くしたいにも拘らず、むしろそれでは遅くなってしまう。

だから、少なくとも筋肉がフレッシュな状態(筋の収縮速度が速い状態)でトレーニングを行う事がスピードのトレーニングには不可欠だ、というわけです。



フォス博士はスピードに対して、こう述べます。

『そもそも「スピード」という場合、これまで長い間、「速く走る」ということと同義的にみなされてきました。私たちは、こうした考え方に疑問を抱き、スピードとは何か、その根幹部分を探ろうと研究してきました。なぜなら、「速く走る」ということは、複合的なスポーツパフォーマンス、つまり、スピード性や力(筋力)など沢山の能力が複雑に絡んで体現されたパフォーマンスだからです。』



続けて、要約としてこう述べました。



『スピードとは、スポーツパフォーマンス遂行中に発生するタイムプレッシャーの克服に役立つすべての事柄を意味する。(つまり、スピードとはタイムプレッシャーの克服だと)』



タイムプレッシャーとは、短い時間内で課題を克服する際にかかる時間的な負荷です。

つまり、「最短時間のうちに、筋内のエネルギー物質を出来る限り大量に筋の力学的な活動へと転換する事が必要になる」という事です。



だから、100mのスプリント走は、接地時間という非常に短時間(世界トップランクの選手は70ミリ秒、日本・ドイツのトップスプリンターの場合90ミリ秒と言われています。)の中で、効果的なエネルギー代謝を可能にする、という基礎的な“パフォーマンス前提”を基軸にしながら、様々なパフォーマンス前提の上に成り立つ「スピード系パフォーマンス」という訳です。



つまり、エレメンタルスピードなるものは、前回登場した“パフォーマンス前提”の一つで、スピード性パフォーマンスの前提条件という事が言えます。

また、フォス博士はエレメンタルスピードの形態を下記の様に規定しています。

?.反動性スピード

 走り幅跳び走り高跳びの様にある動作から踏み切る動作。要は筋肉が前活性化された状態を作る事で、伸長された筋肉を次の短縮相で大きな力発揮を得るための動作です。



?.非反動性スピード

 あらかじめ定まった前緊張状態、あるいは静止状態から実施され、その個別動作の周速度を最大にする事を目指す動作。要するに筋緊張を増大する為の瞬間的な筋緊張が介在しない動作。



?.周期性(ピッチ)スピード

 陸上スプリント種目の様に、そのスピードパフォーマンスは高いピッチ数によるという特徴があるもの。自転車競技も然り。短い時間の中で、多くの動作をこなす事が重要。



?.反応スピード

 ここでいう反応スピードとは、運動動作までを含めるのでは無く、運動開始までの刺激生起の持続時間のみを指します。簡単に言えば、刺激に対して動き出すまでの時間という事です。これが速くなる事でそのパフォーマンスに存在するタイムプレッシャーに効果的に立ち向かう事が出来る、と。

この反応には「単一反応」と「選択反応」の二種類あり、単一はスプリンターのスタートの様に刺激が一つだけのものを指し、選択は球技系競技の様に刺激がいくつも存在し、そこから選別した上で反応するというものです。

 どちらの反応が早いかは、刺激数が少ない単一の方が早い事はイメージしていただけるかと思います。ただ、まれに選択反応の方が早い人間がいることも事実だそうです。





以上4つのエレメンタルスピードの形態から、フォス博士は非周期的な反動性動作のテストとしてドロップジャンプテスト、周期的な非反動性動作としてタッピングテストの二つを考案・研究されました。



ドロップジャンプテストは、台の上から降り、床へ触れた瞬間にジャンプすると言うシンプルなテストですが、何を見るのかというと筋の立ち上がり速度で、立ち上がりが速ければ速いほど先ほどのべたエレメンタルスピードが優れている事を示します。



また、タッピングテストは、短い時間の中で多く足で地面をタッチすると言うテストで、重要なのは筋肉の働きを出来る限り排除する姿勢での実施することで、分かり易い所ではバスケットのトレーニングの中のハーキーステップを思い浮かべていただければと思います。あの姿勢がより前傾し、タッピングしやすい姿勢を取って行います。そこでタッチ数から接地時間を割り出し、そこから周期的なエレメンタルスピードを測定する事になります。



さて、ここまでは、エレメンタルスピードについて触れてきましたが、フォス博士の大発見とは何だ、と。冒頭で述べたスピードトレーニングの大前提は「疲労していないフレッシュな状態」でした。





フォス博士ら研究グループは、300回におよぶドロップジャンプの連続実施と、一回5秒のタッピングを3回を1セットとし、それを1分間の休息を挟んで10セット繰り返すと言う実験を行いました。



結果、ドロップジャンプテストにおける支持時間や時間プログラム(筋の立ち上がりに関与する神経筋システムプログラムとでも言えばいいでしょうか)は、“ほぼ不変”であったことが確認されました。



そして、タッピングテストにおいても“エネルギー疲労”のラクタート値(血中乳酸値)の変化は確かめられたものの、タッピングの最高値は30セット目に達せられた、とあります。



また、フォス博士らはタッピングテストを行い、30分間にわたる持久系サーキットトレーニングを自転車エルゴメーターで抵抗を徐々に上げていく形式でオールアウトまで実施し、その直後に再度タッピングテストを実施するという診断を行ったところ、“疲労困憊後”のテスト結果の方が高かったという結果を得ました。



以上の事から、「スピードトレーニングは必ずしもトレーニング単元の初め(心身ともにフレッシュな状態)で行う必要が無い」という事が導き出されました。



エネルギー系の大きな負担(負荷と負担に関しては、また後ほどの記事で紹介します。)を強いるトレーニングの後に“スピードトレーニング”を実施する事は可能であるし、そうするべきであるとも言えます。



これを、フォス博士は「生体には、常にその“課題”を身体内部で互いにカバーし合ってこなそうとするような機能が賦与されていると考えられ、エネルギー系の前提が枯渇した場合、それ以外の要因が(今回で言えば神経系がそれを引き受け、より集中的なリクルートによって)パフォーマンスを維持しようと言う機能が発生したと考えられる。」と述べました。



これは、まさにパフォーマンスの前提条件が互いに補いながらパフォーマンスを決定する事を示し、トレーニングによって意図的にエネルギー系を枯渇させた状態を作り、エレメンタルスピードにアプローチする、という、それこそ新たなスピードトレーニングについての大きな示唆になったと言えるのでは無いでしょうか。



ここまでで、一応、フォス博士のワークショップについてのご紹介としたいと思います。

この中で触れた内容に関しては、合同会社コレスポから出ているブックレットに記載してありますので、詳細についてはそちらに譲ります。



以上、長くなりましたが、今回の記事とさせていただきたいと思います。





次回は、ハルトマン博士の「両側性」という利き側・非利き側についてのご紹介をさせていただきます。





(引用・抜粋)

?トレーニング科学国際集中講座 in Lepzig 基礎資料中

(編集:ライプツィヒ大学スポーツ学部/一般動作学・トレーニング学研究室

翻訳:高橋日出二(ライプツィヒスポーツ科学交流協会))より



?ブックレットNo.1 スピードトレーニング-解明と方法-

監修/編集 コレスポ・トレーニングシステム研究会

発行元/発売元 合同会社 コレスポ(代表 高橋日出二)