ドイツはライプツィヒからの帰国 その17
運動負荷コンセプト:負荷と負担?、そしてトレーニングのプランニングとステアリング
前回から引き続き、運動負荷コンセプトの中で重要な「負荷と負担」について、です。
前回は「最適な負荷とは何か」という所で終わったのですが、それに触れてみましょう。
そのあとに、トレーニングのプランニングとステアリングについて。
最適な負荷をかける、という事は、生体に存在するタンパク質と負荷との関係を注意深く観察する必要があります。
というのも、身体はすべてタンパク質でできていると言っても差支え無いほどタンパク質でできています。
筋肉は勿論、腱も、靭帯も、血管も、ホルモンですらも大元をたどって行くとたんぱく質、引いてはアミノ酸だという事が分かります。
要は、トレーニングを重ねる、という事は、筋肉を使う、血管も動く、回復にはホルモン分泌も必要、と。消費と供給の関係でいう所の消費を繰り返す、という事ですから、このバランスを適切に出来るかどうかで、パフォーマンスアップが望めるのか、そうでないのか、という分かれ目になります。
指標としては、一般的な健康を目指すのであれば、負荷としては60%で健康的な生活が送れます。しかし、それ以下だと筋は委縮し、それ以上であれば筋は肥大します。
つまり、60%がその分かれ目になる、という事です。
勿論、この60%というのは、個別に異なります。
ここで負荷と負担の話になるのですが、“負荷”というトレーニングの量・質的な指標があるとして、それがきついと感じるのか、たやすいと感じるのかは個人別に異なります。
それは個人によって“負担”が異なるからです。人はそれぞれ千差万別であり、イコール個人別のパフォーマンス前提をもっていることを意味します。年齢(歴、生物学的)、身体組成、トレーニング経験年数によっても異なりますし、挙げていけば普段の食事ですらその要因になり得ます。
という事は、つまり、“最適な負荷”というのも各人の目的・目標によって異なるため“負荷”では無く“負担”のコントロールが必要だという事になりますし、「負荷―負担―パフォーマンス」を日々チェックし、トレーニングの微調整を常に繰り返す必要があります。
パフォーマンスの向上を狙うのであれば、中程度または大きな負荷を“良好負担状態”で行われるべきであり、もし個体に対して過度な要求をしてしまっても、過小な要求をしてしまってもパフォーマンスは停滞、もしくは後退する、場合によっては障害が発生してしまいかねません。
その負担には指標があり、機能システム上の疲労度合いをエネルギー系と情報系に分けて紹介します。
エネルギー系能力… 皮膚の赤化、青化、汗の状態、筋温、血中糖度、血中乳酸値、など
情報系能力… 動作の質低下、集中力の低下、意欲、など
上の二つを比べてみると分かるのは、エネルギー系能力の負担が過度な場合には、肉体的な反応を示し、情報系能力の負担が過度な場合には、精神的な反応を示す事です。
「ただ…」と付け加えて。
「ただ…、トップ選手になればなるほど自己分析、自己把握能力が高くなるので、直接聞く事で状態を把握する事が一番精確である」とミノウ博士は述べました。
「勿論、その前提として、指導者と選手との関係性が重要であり、それなくして聞いたとしても、正確な情報は得ることが難しい」とも。
ここで何となく“負荷と負担”に関してご理解いただけましたでしょうか。
適切な負荷をかける事は、どんなパフォーマンスを目指すのかに寄与するのですが、それは、出来る限り“適応した状態を繰り返す”事が求められるわけです。
その過程を踏まえていく事で結果的にパフォーマンスの向上へとつなげることが出来るわけですが、注意点としては「負荷をかける時間が空いてしまうと、平衡状態でい続けてしまう」ことです。
つまり、刺激を与える期間があまりにも空いてしまうと、せっかく順応・適応した身体が刺激を受ける以前の非適応状態に戻ってしまう、という事であり、また、何のトレーニングを、どんな負荷設定で行ったかによって回復時間も異なる事から、それについても知っておく必要がある、という事です。
順応・適応期間については6週間とされており、それを基にしてトレーニングをプランニングしていくのですが、この6週間を一単位として、“メゾサイクル”と呼びます。そして、そのメゾサイクルを(例えば5つに)まとめた大きなサイクルをマクロサイクルと呼びます。
エネルギー系パフォーマンス前提をトレーニングする場合、トレーニングのプランニングというのは不可欠であり、それを基に実際のトレーニングが行われます。
トレーニングのプランニング、という場合には、「ピリオダイゼーション」という言葉が必ず出てきます。このピリオダイゼーションというのは、旧ソ連のスポーツ科学者、Matwejew(マトヴェイエフ)が10万人の競技者を対象に研究し、作り上げたトップパフォーマンスを発揮させるために考案された理論です。
「しかし…」とミノウ博士は、こう続けました。
「これは50年前の考え方であり、当時はシーズンに大きく制約を受ける事が多く、それが当然でした。(例えば冬季五輪の種目は雪が無ければ×、など。)しかし、現在では季節を問わずに質の高いトレーニングを実施する事が可能になった。だから、この考えを参考にする事は可能だが、現在の競技スポーツに完全に当てはまるか、と言えば難しい。」
トレーニングプランというのは、立てたら立てっぱなしではなく、目標とするスポーツパフォーマンスに到達すべく、いくつかの指標を基にプランニングしたトレーニングを実施していき、結果が出ますが、そこで“パフォーマンス診断”を行います。
そのパフォーマンス診断の中で、結果と目標にどの位の乖離があるのか、どの程度達成できたのか、という比較を過去の“トレーニング内容”を含めた中で行い、結論を出します。そこで微調節、つまりプランの見直しを行い、実際にテコ入れを行い、次のパフォーマンス発揮までのプランニングを行う。
この一連の流れをステアリングと言います。舵取りとでも言いますか、トレーニングの方向性をつかさどる上で必要な作業、立ち位置とでも言えるかと思います。
この流れを絶え間なく繰り返し行う所から、長期にわたるパフォーマンス育成が成立します。また、プランニングとステアリングを行う際に必要な点として、「そもそもその競技のパフォーマンスは将来どのように発展していくのか」という予測も同時に立てていく必要があり、それには過去のトップレベル記録の推移や、そのパフォーマンスを規定するメルクマール(特徴)の総量がどれだけあるのか、どんなものがあるのか、という競技分析も必要です。
そして、その予測をもとにジュニア期に落とし込むには、そのトップ領域のパフォーマンスを予測した上で、ジュニア領域への転換が必要とされます。
それも生物学的年齢に沿った上で考慮された、例えば生物学的年齢でいう所の13歳ではどのレベル、15歳にはこのレベル、という風にトップ域から逆算した、その年齢で目指していくパフォーマンスレベルを予測し、トレーニングをプランニングし、結果に対してそのレベルと比較・検証し、ステアリングする、という事を繰り返していくのです。
以上、簡単ではありますが、負荷と負担からトレーニングのプランニングとステアリングについて書いてみました。
次回は、再度、Dr.Hartmanにご登場していただきまして、動作学習という部分を少しかいつまんでご紹介してみたいと思います。
引用・抜粋)
?トレーニング科学国際集中講座 in Lepzig 基礎資料中
(編集:ライプツィヒ大学スポーツ学部/一般動作学・トレーニング学研究室
翻訳:高橋日出二(ライプツィヒスポーツ科学交流協会))より