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【大塚明夫】『声優魂』は崇高なプライドと不退転の覚悟をした人間の本音

役者ではなく、一人の戦士が書いている

声優魂 (星海社新書)

声優魂 (星海社新書)

 

 

ソリッド・スネークアナベル・ガトー、バトー、ライダー...

 これらのキャラクターは日本のゲーム史、アニメ史に残る作品のキャラクターたちであると同時にボクの好きなキャラクターたちでもある。本エントリーをお読みいただいている方々は、それを演じている人物の名をご存知だろうか。

 「知らない」という人でも、その声は聞いたことがあるはず。声優であり、役者である(本来的には逆であることは存じ上げている)大塚明夫だ。

 本書は、大塚明夫がいくら努力をしようが報われない役者の世界で、実感として得ていることをそのまま素直に書き連ねていると同時に、そんな世界で“仕事”を得ている人間としての心構え/ 態度を伝える内容だ。

 その声を聞いたことがある人ならば共感してもらえると思うが、大塚の声は(いい意味での)鈍重さを持ち、腹に強く響いてくる。また、少し不器用ながらも真っ直ぐで男くさい人物を演じさせると無二の存在であるとも個人的には感じている。

 自己啓発本とかそんなものではなく、一人の男が演劇界という特異な世界で無二の存在になり得ることができた戦士が書いた声優/ 俳優論であり、人生論であり、生存戦略論だ。そして、本書を読むことで彼の声を追いかけるようになるかもしれない。そんな魅力に溢れた読み物であった。

 

「声優だけはやめておけ」から始まる

冒頭、大塚明夫が書く一言だ。

 これは、俳優という仕事が他の業種・職種に当てはまらない、特異な仕事であると共に、そのイスをかけてベテラン・新人関係なく血みどろのレースが繰り広げられていること、“一般の生活”を望む人間がおいそれを追いかけて良い世界ではないから、というのが理由なのだが、業界的にはトップランナーである大塚が夢を語るのではなく、現実を語る点に本書の価値がある。

 夢なんてものは見ているだけで十分であり、それを追いかけるものではない、ということを業界で成功している人間が語るのは、捉え方によってはライバルを減らしたいとも受け取れるが、逆に優しさを感じる。

 本書内、特に冒頭から声優を志望する人への“逆すすめ”は多く登場するが、それは目次を見れば一目瞭然なので、それをご覧いただきたい。なお、引用部分は各章のみにしておく。目次を全て引用することが主題ではない。

第一章 「声優になりたい」奴はバカである
第二章 「演じ続ける」しか私に生きる道はなかった
第三章 「声づくり」なんかに励むボンクラどもへ
第四章 「惚れられる役者」だけが知っている世界
第五章 「ゴール」よりも先に君が知るべきもの

 声優という「職業」というよりも「スキル」を発揮するために辛酸を嘗めてきたのか、といえば、大塚本人は「運が良かった」とし、大して苦ではなかったと述べている。しかし、ここは勘違いすべきではなく、あくまでも大塚の場合は基準が総じて高かった、ということだ。

彼は俳優であり声優の大塚周夫の息子であり、演劇界に住まう家族がどう生活しているのかを身を以て体験している。その上、自身はそこから外れようと考え、全く別の道を歩んだことが本書内では記述されている。

つまり、父親の背中を追って、憧れと羨望を抱き、希望に満ちた心で演劇の世界に足を踏み入れたわけではない、ということだ。ここが大塚明夫の魅力でもあるとボクは思っていて、それでも彼は声の仕事をしているし、その演技で(少なくともボクに)感動を与えてくれる。

 

人的資本を高めることと、つながりを維持すること

 彼が本書内で一貫して述べているのは「とにかく声優なんてろくな仕事じゃない。真人間の選ぶ職種でもない。社会の歯車から外れたような人間でなければできない。」と、一貫して声優を志そうとする人間の気持ちを挫こうとする。その畳み掛け方から、おそらく本気であろうことが読者にも伝わってくる。

しかし、その中ではもちろん、声優をやってきた中で、大塚自身が「よかった」と思えること、仕事をする中で声をあてたキャラクターたちや、その生みの親である脚本家やプロデューサーたちとの出会いについて触れており、強く感謝しているとともに、誇りに思っていることもつづっている。

上下動が激しく、思いっきり下げた後に引き上げるような内容のため、こちら側も大きく揺さぶられる。だからこそ、読み飽きることなく、グイグイと大塚の綴る言葉に引き寄せられ、一気に読了までいけてしまう。

その中で、大塚は常に自分を磨くこと、つまり人的資本を高めることの必要性は説いている。声優は自らが仕事を生み出すことのできない職種であるがため、「声をかけてもらう」ことが必須となる。そのため、常に準備をしていることが求められるというよりも必然だというわけだ。

ただ、専門的人的資本でいえば、声の幅や音域、声のあて方やほかのキャラクターとの間合いなどがあるが、それらを行うことは「仕事を行う以上当然」だとしている。それ以上に大塚が重要視しているのは、見識や見聞を広め、人とつながりをつくり維持することが声優に足りていない部分であり、それをすることが声優の専門性を高めるという趣旨で述べている。

これは声優に限らず、一般的なビジネスマンにも言えることだ。

サラリーマンではなくビジネスマンであろうとするならば、自らの人的資本を「一般的」「専門的」それぞれの分野で高める必要があるだろうし、それが結果的に年功序列型の「雇われ」ではなく、「労使関係の対等性」を生みだす。

声優界というのは、個人事業主として自らの人的資本をもって商取引を行うが、近い将来、世の中のビジネスマンにとっても個人事業主として活動、もしくはそれに近い形で働くことが求められるのではないか。

本書内で大塚も希望的な意見として述べているのが、ハリウッド映画のようにプロジェクト単位で専門家が集まり、プロジェクトが終われば解散するという技能をつなぎ合わせて作品を創作するのみという仕事のあり方を提唱している。

現状、雇用主と被雇用者との関係も終身雇用・年功序列型雇用制度の破綻は目に見えて起こっていることだ。労働人口の中で若年層が多いことで成立していた制度であり、現在の日本をみれば年金問題のように破綻していることはわかりきっている。

つまり、近い将来、人の働き方が雇用主・被雇用者との相互依存的な関係ではなく、仕事のみという緩い繋がりの元に技能・スキルを持ち寄り、仕事を行うことが広がっていくのではないか。

それは今後、徐々に人の仕事がAIや機械に代替されていく中で、人の趣味や娯楽が仕事として重宝される時代が訪れるだろう。結果的に残るのはクリエイティブクラスといわれる仕事ができる人であり、人の余暇時間を埋めることに自らの(好きなことが前提だが)技能やスキルをもって、創作活動を行い貢献するひとたちだろう。

そうなったときに、先駆けてそうなりえる可能性があるのは、余暇時間を過ごす上での有益なツールとなる映画やアニメ、スポーツや演劇、音楽など創造性を存分に発揮した上で、人の情動に訴えかけることができる人たちの働き方(仕事の仕方といったほうが適切か)が変わっていくことになる。

 アニメが好きな人向け、声優を目指す人向けでもあるが、きっとビジネスに真剣に向き合っている人にも響くないようであることは間違いないだろう。

 

声優魂 (星海社新書)

声優魂 (星海社新書)

 


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